〝音斎処〟

I Want A Music Using Rear Laser Audio


四月の〝音斎処〟

〝音斎処〟190427

こんなのやっています

「いわむら五っこ」でこんなプログラムをやっています。
興味の或る方はご一覧下さい。

http://iwamura55.com/experience/レコード盤を洗ってみよう

〝音斎処〟冬眠明け

2019年冬眠明けの〝音斎処〟は無事終了しました。
23日当日は、常連さんである〝音斎人〟の皆さん同士で「本年も宜しく」との新年の挨拶も飛び交うほど和やかな雰囲気で、お互いの健康と〝音斎処〟で会える喜びを満喫されているようでした。

当日は、岩村に通い慣れている方でも予想できないくらいの寒さで、当地に住まわれる方でも『今日は寒い』と太鼓判を押される中、いつもより多めの休憩を挟みながら約2時間半ほど‥‥その後の懇親会(?)も含めると4時間程の楽しい時間でした。

主催者を入れると20名ほどで、ワイワイガヤガヤの立ち話は、話題も豊富で、音楽の話からオーディオの話、食べるものの話から映画「ボヘピアン・ラプソディ」の話題まで、尽きる事がありませんでした。
豊田市や名古屋市など遠路遥々やって来てくださる方も多く、ここにきて音楽を聴きワイワイ喋るのが楽しみと言ってくださるのが、一番の幸せです。

翌24日(日)は、岩村の恒例になった「いわむら城下音楽祭」として〝音斎処〟も開催‥‥23,24両日とも来てくださる常連さんも!!うれしい限りです。
両日合わせると延べ40人近い方々にレコード音楽を楽しんでいただきました。

次回開催は、4月27日(土)です。今上最大の行事を控えての、超長期連休の始まる日!!さて岩村の賑わいはどんなものになるでしょう、楽しみです。

ビートルズ、レコード番号「EAS」の時代

節操が無い、と言ってしまえばそれまでだ。返す言葉もない。とは言え「まだ東芝も健全だった」と思えば、清志郎さんも笑ってくれるだろうか‥‥。とにかく、この時代はナンでも有りの混沌だったのだ。

1976年と云えば、そう『ビートルズ来日10周年』

ビートルズ ハード・デイズ・ナイト日本盤1

と言う事で、それまで、日本独自のジャケット・デザインで売られていたアルバムを、英国オリジナル・タイトルのジャケット・デザインに差し替えて、レコード番号も、それまでの「OR」「OP」や「AR」「AP」にかわり「EAS」で始まる番号を振って、装いも新たにビートルズのレコード盤が売り出された。当初28タイトルだったものが、私が確認できる限りでは、34タイトルまで増やされていた。しかも、その分類方法が凄い‥‥「英国 オリジナル」・「アメリカ オリジナル」・「日本 オリジナル」、さらに「オランダ オリジナル」に「西ドイツ オリジナル」と来たもんだ。どうせなら「フランス オリジナル」や「ブラジル オリジナル」なんかも欲しかったナ〜

レアリティーズ

因に、レコード番号の「O(オー)」は「Odeon(オデオン)」を表し、「A(エイ)」は「Apple(アップル)」を表している。また「R(アール)」は「モノーラル」を「P(ピー)」は「ステレオ」を表している。更に蛇足を付け加えれば、「AP」「AR」は1968年のアップル・レコード設立以降に日本国内で販売されたレコード盤に付されている。

小坂明子さんの『ビートルズをおぼえていますか』と言う曲がリリースされたのが昭和50(1975)年、クイーンの黄金期が丁度この頃であり、巷にはポスト・ビートルズ時代のグループ、アーティストが溢れていた。そう、ビートルズは解散し、ソロ・アーティストで活躍し或いは新たなグループとして活動し始めており、まだまだ「神話」にはなっていなかった。ビートルズですら「おぼえてますか?」と唄われる時代だったのだ。

ただ、解散したとは云えビートルズは「売れる」素材であったのは事実であり、日本の販社である東芝EMIは「来日10周年」企画で新たな需要を生み出そうとしていた。今思えば、アップル自体も、その後に爆発するビートルズ・ビジネスの可能性には、まだまだ気づいていなかったようだ。

そんな時代の混沌を視覚的に見てみよう!!

ビートルズ
ビートルズ (4)
ビートルズ (6)
ビートルズ (2)


ビートルズ (5)
ビートルズ (1)
ビートルズ (7)
ビートルズ (3)

ビートルズあれこれ

今年の〝音斎処〟のオープニングは、やっぱりビートルズ‥‥です。しかも、「日本独自編集盤」を特集します。「日本独自編集盤」と云っても中々馴染みが無い事は、2月26日のブログで採り上げていますが、実は「日本独自編集盤」以外にも「日本盤」と云うものが存在する事を説明していませんでした。

1987年にビートルズ・アルバムのCD化にあたり、色々な事がありましたが、その中で一番のトピックは「世界統一規格」が遂に導入されたことでしょう。
私のように、年寄りでアナログ盤時代のビートルズファンには当たり前だったのは、かつて日本では色々な国で販売されていたビートルズの盤が購入可能だった事です。そしてこれらは、各国からの輸入盤ではなく、スリーブ印刷もプレスも日本で行われた日本製なのでした。これらを総称して「日本盤」と云い、その中で英国オリジナル盤とジャケットや収録内容や収録順が異なるものを「日本独自編集盤」と呼んでいた‥‥そんな悠長な時代があったのでした。

下に示したのはその一例です。1970年代に日本でプレスし、日本でスリーブ類を作成し、普通に町のレコード屋で売っていた「アビィ・ロード」、つまりは「日本盤」のジャケット裏面には、曲順の誤りがありました。A面の二曲目と三曲目の曲名が入れ違いになっているのです。こんなことが起きるのは、レコード盤の製作そのものが販売する各国で行われていたからなのです。

【1970年代の日本盤アビィ・ロード】
アビーロードJP

【1988年英国(リイシュー)盤アビィ・ロード】
アビーロードUK

今回、〝音斎処〟での特集の準備として、手元にあるビートルズのレコード盤を整理しながら、ネタ捜しをしているのですが、その成果として幾つかの「発見」がありました。それが下に示したものです。

【1988年のダイレクト・メタル・マスター&デジタル・リマスター】
DDM

【スリーブ印刷及び盤製作ともに英国】
INENGLAND

1995年の10月に購入した「ビートルズ`LPレコード`コレクション」という、当時「フェーマスレコードクラブ」が通信販売した、15タイトル・18枚のボックスセットが手元にあります。
このボックスセットの売りは『英国直輸入』だったのですが、実際のところ余り気にしていませんでした。というか、購入時には「感銘」したのだと思いますが、いつの間にか忘れていました。その証し、つまり謳い文句に誤りがなかったのを示すのが、上の画像にある「Sleeve printed in England」と「Manufactured in England」の文字なのです。そしてこの表示はこのボックスセットに収められた15タイトル全てのジャケットに印刷されているのです。

上に示したもう一つの画像にある「This album has been direct metal mastered from a digitally re-mastered original tape to give the best possible sound quality.」(このアルバムは可能な限り最高の音質を得るため、デジタル・リマスターされたオリジナルテープを用いたダイレクト・メタル・マスターにより作製されています。)は、CD作成時にデジタル・リマスターしたオリジナル音源を用いている事を示しているようです。
ただ、このボックスセットの珍しさはデジタル・リマスターではなく「ダイレクト・メタル・マスター」(通称『
DMM技法』)にあります。

「残念な事に」というか「当然の事に」というか、この技法が使われているのは、このボックスセットに収められた13タイトルのみなのです。で、13タイトルとは英国オリジナル・アルバムに米国編集盤である「マジカル・ミステリー・ツアー」を加えたものです。DMM技法が使われていない2タイトルは「パスト・マスターズ Vol.1&2」と「ライブ・アット・BBC」なので、当然と云えば当然なのですが‥‥。

このボックスセットのもう一つの発見は‥‥デビュー・アルバム「Please Please Me」から四枚目のアルバム「Beatles For Sale」までが『モノーラル盤』な点です。モノーラル盤とステレオ盤の混在、統一感が無いと云えばそれ迄ですが、今となってはこれも面白いわけです。
さてそんなモノーラル盤の中で、一つの疑問も湧いてきました。つまりは『このモノーラル盤、本当にモノーラル盤』疑惑です。そのタイトルは「A Hard Day's Night」です。
私の拙いビートルズ知識によれば、このタイトルのモノーラル盤に収められた「I Should Have Know Better」のイントロで聴こえるハーモニカは息継ぎしないはずなのですが、このボックスセットのモノーラル盤では息継ぎをしています。それ故に『このモノーラル盤、本当にモノーラル盤』疑惑なのですが、真相はまたこれから研究してみたいと思います。

ふくろうまつり
3月10日

今年の〝音斎処〟活動開始は3月10日(日)の「ふくろうまつり」でした。

やや曇り空から始まり、時々陽射しのある空は、午後から曇って風が出てきて、ついに雨が降り出す、という生憎の天気でしたが、岩村を訪れる観光客も結構な数でした。

昨年五月の連休時「原宿並の観光客」に比べれば、なんだか寂しい感じですが、ロケ地となる前の岩村の三月に比べれば、ウンと賑わっていたのは確実です。

さて、本番の〝音斎処〟は3月23日(土)ですが、昨年に引き続き「ふくろうまつり」に〝音斎処〟も協力してきました。昨年は「半分、古い!」がテーマでしたが、今年は「色即是空」ならぬ「
古即是新」をテーマとしています。

殆どの方は気づいていないのですが(当たり前か)、今年は機材も一新し、しかもターンテーブルなしでの参加でした。流した楽曲の音源はアナログ盤をデジタイズしたもの。しかも、楡野鈴芽誕生前の昭和の楽曲が中心です。云ってみれば鈴芽の親世代が馴染んでいた楽曲です。

これらの楽曲は1960年代のアナログ盤を最新システムでハイレゾ化し、最新フォーマットであるDSD5.6をネイティブで再生しておりました。つまりは、「
」=「アナログ盤」がそのまま直ぐ(即是)に「」=ハイレゾと相成ったわけです。まぁそんな楽しみ方は私の超個人的な趣味なんですが‥‥。

とは言え、今回のこのシステム、結構思わぬ方々が食いついてくれました。その結果、また幾つか勉強になる事がありました。その成果は今後の〝音斎処〟に活かしたいと思います。

20190310ふくろうまつり

処で、今回もう一つ気づいた事があります。それは「昭和」の捉え方です。

ご存知のように「昭和」という時代は60年以上続いたものです。それ故同じ「昭和」を用いても、同じ「昭和歌謡」と称しても、年齢により大きな幅があるということです。

私自身は「昭和」を大きく三つにわけて考えています。それは「昭和が始まってから敗戦までの20年間」、それに続く「敗戦直後から大阪万博までの25年間」、そして「鈴芽誕生後昭和が終わるまでの20年間」といった感じです。この区分は、日本での音楽産業の立ち位置と、音楽の流通メディアの変遷を考慮したものです。
単純に云えば、戦前は「流行歌」、戦後は「歌謡曲」、万博以降は「ポップス」と云う事です(メッチャ荒い!)。メディアで云うと、『「落とすと割れるレコード盤」+「一部ラジオ」の時代』、『「落としても割れないレコード盤」+「ラジオ、後テレビも」の時代』、そして『「CDを筆頭とする楽曲のデータ化」+「楽曲と映像がリンクしたテープやディスク」の時代』といった感じです。

そんなわけで、私に「昭和の音楽」を、と言われれば、当然、迷う事なく『「落としても割れないレコード盤」+「ラジオ、後テレビも」の時代』の「歌謡曲」をかける事になるわけです。その辺り、多分聴いている人達とのギャップはかなりあるのかな‥‥等と思ったりするのです。

<蛇足>
昨日、或る方と話をしてて「いしだあゆみ」を良くわからないと云われ、ウィキで写真を示して「アっ知ってる」と言う事になって、「歌手だったんですよ」と云うと、また驚かれた‥‥のでした。

春は岩村が楽しい!!

3月10日(日)


3月17日(日)


3月23日(土)


3月24日(日)



岩村にお越しの節は是非お立ち寄りください。

ビートルズの「日本独自編集盤」‥‥続き

3月23日(土)の〝音斎処〟『ビートルズの「日本独自編集盤」』で採り上げる予定の二枚のアルバムについて、英国オリジナル盤との比較をちょっと‥‥。

下に掲げている表は、日本編集盤と英国オリジナル盤の曲順の違いを記したものです。

「Please Please Me」は勿論ビートルズのデビュー・アルバムですが、日本で「ステレオ!これがビートルズ Vol.1」として、また「With The Beatles」はセカンド・アルバムで、日本では「ステレオ!これがビートルズ Vol.2」として、1966(昭和41)年に『来日記念盤』と銘打って発売されています。そうですこの年の6月終わりにビートルズは日本にやって来たわけです。

実はこの二つのアルバムが発売されるまでは、日本ではデビュー・アルバムもセカンド・アルバムも(輸入盤を除いては)発売されていませんでした。
ではそれまで日本ではビートルズのアルバムは発売されていなかったのか、と云うとそうではありません。「ビートルズ!」「ビートルズ No.2!」「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」「ビートルズ '65」「ビートルズ No.5!」の五枚のアルバムが発売されていました。

では何故『来日記念盤』という形でこの二枚のアルバムが発売されたのか‥‥ちょっと不思議ではありませんか?
この辺りは〝音斎処〟でお話したいと思いますが、ヒントはこの『来日記念盤』の邦題の中にあります。そう『ステレオ!これがビートルズ』にです。

さて本題ですが‥‥
下の比較表で解る通り、日本独自編集盤と英国オリジナル盤ともに曲数・両面の構成曲名に違いはありません。異なるのは、曲順だけです。
私などは、日本独自編集盤(当時はそのこと自体知らなかったのですが)で聴き慣れていますから、後々オリジナル盤を聴いた時に違和感を感じました。え?この曲から始まるの‥‥この曲の次は、えぇ、違うじゃん‥‥てな具合にです。比較表で「◎」を付けた曲は、オリジナル盤と同一箇所にある曲です。それ以外は全てオリジナルの曲順位置と異なるものです。いまとなってはオリジナル盤の曲順がシックリくると云うかこれじゃなければ、と思うのですが、日本独自編集盤と知らずに聴いていた時には、それが私のビートルズのアルバムの全てだった事は否めません。

例えば「Please Please Me」で云えば、このアルバムの最後はやはり「ツイスト・アンド・シャウト」じゃなければならないのです。そして、一曲目は「Please Please Me」であってはならないのです。
「With The Beatles」で云えば、「Roll Over Beethoven」で始まったら「Money」で終わらなければならないのです。
これはつまり‥‥アルバムに意味を持たせたり、意思を注ぎ込んだ初めてのアーティストがビートルズだったと云う事によります。

とは言え、いまはビートルズのアルバム(CD、アナログ問わず)は全て英国オリジナルに統一されてしまったので、ビートルズ音楽史的な観点から日本独自編集盤を聴く意味があると考えています。

PleasePleaseMe比較

With The Beatles比較

ビートルズの「日本独自編集盤」とは

ビートルズの「日本独自編集盤」との表現は、若い世代には恐らく理解できない事と思います。そこで少しだけ解説めいた事を‥‥。

ビートルズの楽曲がCDとして発売されるまでは、ヴァイナル・レコード盤として発売されていました。基本的に、ビートルズの楽曲のオリジナル・リリースはヴァイナル・レコード(アナログ盤)でした。
アナログ盤の時代には、ビートルズのレコードと云えども、発売される国で発売権を持つレコード会社が自国の仕様に合わせて編集していました。所謂「各国盤」といわれるものです。
日本では東芝音楽工業(後に東芝EMI;現在はユニバーサルなんちゃら)がその権利を持っていたので、日本国内で発売するレコードの全てを取り仕切っていた訳です。

勿論この事情はアメリカ合州国でも同様で、アメリカ合州国では初期はヴィージェーというマイナーのレコード会社が、後にキャピトルというメジャーレコード会社が、ビートルズのレコードを販売していました。なので、英国で発表されたオリジナルの盤とは異なる内容で売られていたのです。基本的にアメリカ合州国盤はオリジナル盤よりも曲数が少なかったのです。

日本にビートルズの楽曲が紹介されたのは、アメリカ合州国経由です。これは敗戦国・日本の当然の成り行きで、私が生まれ育った頃の日本(今でもそうかも知れませんが)の文化は殆ど全てアメリカ合州国の影響を受けています。食べ物然り、音楽然り、ファッション然り、生活様式然り、勿論民主主義然り‥‥。ビートルズのレコードもアメリカ合州国でヒットした後に(故に)日本で知られるようになったわけです。

日本で一番最初に発売されたビートルズの楽曲は、昭和39年2月発売のシングル(7インチ)盤『抱きしめたい/こいつ』(I want to hold your hand / This boy)です。

昨年8月、ピーター・バラカン氏をお招きしての〝音斎処〟で、ピーターさんがおっしゃっていたのは、英国では当時の7インチ盤は紙の袋だけに入って売られていた、恐らくアメリカ合州国でも、ということでした。日本では盤を入れた紙袋と表面にタイトルと画像、裏面に歌詞やライナーノーツが書かれた紙片がセットされ、透明の袋に入れられるのが普通でした。もうこうした仕様自体が日本独自のものなのです。

近年海外からレコード盤を求めて日本に来る方が多いと聞きますが、その理由のひとつにこうした日本独自の仕様がクールだと云う事のようです。
所謂各国盤がこれ程多く存在し話題になるのは、ビートルズが世の東西を問わず(とは言え、所謂共産圏は含めがたいですが、海賊盤は出回ったようです)聴かれた事の証左なのです。

さて本題に戻り‥‥日本独自編集盤ですが。WIKI等に因れば、7枚存在すると記されています。残念ながら私の手元には5枚しかないのですが、今回の〝音斎処〟では、その中でも「来日記念盤」を中心に紹介